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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3284号 判決

原告(反訴被告) 親松賢二

被告(反訴原告) 青木健次

主文

一、被告(反訴原告)は、東京都北区西ケ原町五百四十三番二十六宅地二十七坪七合三勺につき東京法務局北出張所昭和二十五年十二月六日受付第一二一七七号をもつてされた訴外新井武雄から被告(反訴原告)に対する所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、前項に記載する宅地およびその上に存する家屋番号同町五百四十三番の十八、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十坪五合(実測十一坪七合五勺)を明け渡し、かつ、(イ)昭和二十七年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月金七百円、(ロ)昭和二十八年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月金千二百五十六円および(ハ)昭和二十九年一月一日から前記建物明渡ずみまで一箇月金千三百七十五円の金員を支払え。

三、反訴原告(被告)の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、本訴および反訴に関するものとも被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告)訴訟代理人は、

一、本訴につき主文第一、二項と同旨および訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とするとの判決ならびに主文第二項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  主文第一項に記載する宅地(以下本件宅地という。)は、もと訴外新井武雄の所有であつたところ、原告(反訴被告。以下原告という。)は、昭和二十四年十一月下旬訴外新井武雄と締結した売買契約に基いて本件宅地の所有権を取得したのであるが、その登記を経由せず、依然訴外新井武雄の所有名義に登記されたままとなつていた。

(二)  原告は、昭和二十五年二月下旬本件宅地の上に主文第二項に記載する建物(以下本件建物という。)を建築し、以来これを所有しているのであるが、同年九月三十日仮登記仮処分命令により本件建物につき原告のため所有権保存登記が経由された。

(三)  ところが被告(反訴原告。以下被告という。)は、昭和二十五年八、九月頃原告の姉の夫である訴外小島孝一の代理により原告から売買によつて本件宅地および本件建物の所有権を取得したとして、本件宅地については主文第一項に掲げるように訴外新井武雄から被告に対する中間省略による所有権移転登記を、本件建物について、当時既に原告のために経由ずみであつた前記(二)に掲げる保存登記とは別に、東京法務局北出張所昭和二十五年十月二十八日受付第一〇六五三号をもつて、家屋番号同町乙七百九十一番、木造木皮葺平家建居宅一棟建坪十一坪七合五勺として被告のため所有権保存登記(但し、家屋番号につきその後同町五百四十三番十九と変更登記がなされた。)を経由し、その頃から本件建物に居住することにより、本件建物および本件宅地を占有している。

(四)  しかしながら原告は、本件宅地および本件建物を処分するにつき訴外小島孝一に代理権を付与したことはないのであつて、被告が本件宅地および本件建物につき被告のため経由した前記各登記はいずれも無効であり、被告は本件宅地および本件建物を占有することにより原告の所有権を侵害しているのである。

(五)  そこで原告は、被告に対し、本件宅地につき被告のために経由された主文第一項に掲げる所有権移転登記についての抹消登記手続の履行、本件宅地および本件建物の明渡ならびに本件建物の所有権侵害による損害の賠償として昭和二十七年一月一日から本件建物明渡ずみまでその統制賃料額(その金額は主文第二次後段に記載するとおりである。)相当の金員の支払を請求する。

と述べ、

二、本訴に関する被告の抗弁に対し、原告が被告主張のような追認をしたとは否認する。

と述べ、

三、反訴につき請求棄却の判決を求め、答弁として、被告が本件建物の所有権を原告から取得したことは否認する。その理由は、本訴請求の原因として詳述したとおりである。

と述べ、

四、証拠として、甲第一号証から第十一号証までを提出し、証人新井武雄(第一、二回)および親松正雄の各証言ならびに原告本人の尋問の結果を援用し、乙第一号証、第五号証および第六号証の成立は認める、乙第四号証は原告作成名義の部分の成立を否認し、その余の成立は不知、乙第七号証および第十三号証は成立を否認する、但し押捺にかかる印影が原告の印章によるものであることは認めるが、勿論原告の押捺したものではない、乙第十五号証が原告が丸安商店に被告を訪れた際被告に交付した名刺であることは認めるが、その交付の時期は被告の主張するところとは異り、昭和二十八年の夏頃であり、原告が被告を訪れた目的が被告主張のごとく売買契約の追認にあつたことは否認する、その余の乙号各証の成立は不知、と述べた。

被告(反訴原告)訴訟代理人は、

一、本訴につき請求棄却の判決を求め、答弁として、

(一)  原告(反訴被告。以下原告という。)主張事実中、訴外小島孝一が原告を代理して本件宅地および本件建物につき被告(反訴原告。以下被告という。)と売買契約を締結する権限を有していなかつたことは否認し、従つて本件宅地につき被告のため経由された所有権移転登記が無効であり、被告が本件宅地および本件建物を占有することにより原告の所有権を侵害しつつあるとの点は争う。その余の原告主張事実は認める。

(二)  被告は、原告からその所有にかかる本件宅地および本件建物を処分するにつき代理権を授与されていた訴外小島孝一と、昭和二十五年九月五日本件宅地および本件建物につき売買契約を締結してその所有権を取得したのであつて、本件宅地についての所有権取得登記に関しては、訴外小島孝一および訴外新井武雄ならびに被告の三者間の合意により直接訴外新井武雄から被告に対して中間省略による所有権移転登記を経由し、本件建物については、訴外小島孝一から保存登記を未経由であるとの申出があつたので、原告主張のごとく既に原告のために保存登記の存したことを知らないまま、原告の主張するように被告において自らのために保存登記を経由したのである。

(三)  仮に訴外小川孝一が前記売買契約の締結につき原告を代理する権限を有しなかつたとしても、原告は、右契約成立後、昭和二十五年十月初旬、同年同月十一日および昭和二十六年夏頃の三回にわたつて被告に対し、訴外小島孝一が原告の代理人と称して被告とした前記売買契約の締結を追認したのである。

(四)  さすれば叙上(二)または(三)のいずれの理由によるにせよ、被告は、前記売買契約に基いて原告から本件宅地および本件建物の所有権を取得したものというべきであるから、その所有権が原告に存することを原因とする原告の請求は失当である。

と述べ、

二、反訴につき「原告は、被告に対し本件建物につき所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因の原因として、

本訴請求原因に対する答弁において主張したとおり、被告は、原告から本件建物の所有権を取得したものであるところ、被告がこれに基いて被告のために経由した保存登記は、これより先別に原告において本件建物につき保存登記を経由していたため効力を生じ得ないものであるから、原告に対し本件建物につき被告のため所有権移転登記手続をすべきことを請求する。

と述べ、

三、証拠として、乙第一号証および第三号証から第十五号証まで(乙第二号証は欠号とする。)を提出し、乙第七号証は原告の作成にかかるものであり、乙第十三号証は原告が訴外小島孝一に本件宅地および本件建物を処分するについての代理権を付与するに当り、原告の印章を押捺して同人に交付したものであつて、被告は、訴外小島孝一と本件宅地および本件建物につき売買契約を締結した際同人からこれを受け取つたのであり、乙第十五号証は原告が昭和二十六年夏頃当時被告が経営していた上野の丸安商店に被告を訪れて、訴外小島孝一が原告の代理人として被告とした本件宅地および本件建物を目的とする売買契約の締結を追認した際に被告に差し出した名刺であると説明し、証人新井武雄(第一回)、佐藤進、(第一、第二回)、小島つる、佐藤ひさ子、鈴木栄、深沢邦義、佐藤喜一および青木ゆき子の各証言ならびに被告本人の尋問の結果を援用し、甲第一号証、第三号証から第七号証まで、第十号証および第十一号証の成立は認めるが、甲第二号証、第八号証および第九号証の成立は不知但し甲第二号証中訴外小島孝一名下の印影が真正なるものであることは認める、と答えた。

理由

一、右記事実は、当事者間に争いがない。

(一)  本件宅地は、もと訴外新井武雄の所有であつたところ、原告は、昭和二十四年十一月下旬訴外新井武雄と締結した売買契約に基いて本件宅地の所有権を取得したのであるが、その登記を経由せず、本件宅地は依然訴外新井武雄の所有名義に登記されたままであつた。

(二)  原告は、昭和二十五年二月下旬本件宅地の上に本件建物を建築し、爾来これを所有していたのであるが、同年九月三十日仮登記仮処分命令により本件建物につき原告のため所有権保存登記が経由された。

(三)  被告は、原告の姉の夫である訴外小島孝一の代理により原告から売買によつて本件宅地および本件建物の所有権を取得した(その日時につき、原告は昭和二十五年八、九月頃といい、被告は同年九月五日というが、この点は本訴の結論に影響がないので、論外とする。)として本件宅地につき主文第一項に掲げるように訴外新井武雄から被告に対する中間省略による所有権移転登記を、本件建物につき原告主張の如き被告のための所有権保存登記を、更にその家屋番号につき原告主張のような変更登記を経由し、その頃から本件建物に居住し、本件建物およびその敷地である本件宅地を占有しているが、本件建物については、被告のため右のように保存登記が経由される以前既に原告のために所有権保存登記が経由ずみであつた。

二、そこで訴外小島孝一が原告を代理して被告と本件宅地および本件建物につき売買契約を締結する権限を有していたかどうかを考える。

(一)  この点に関する被告の主張事実を直接または間接に認めさせるような趣旨の証拠は、すべて採用することができない。すなわち、

(イ)  証人佐藤進の証言(第一、二回)中に、同証人は、被告が本件宅地および本件建物を買い受けるに際して仲介に当つたのであるが、訴外小島孝一は、乙第七号証その他原告の委任状を三通持参して同証人に売買の仲介を依頼した旨述べているものがあり、乙第七号証に顕出されている印影が原告の印章を押捺したものであることは原告も認めているところであるけれども、原告の押印したものではなく、また右証言にかかる原告の委任状がすべて原告の意思に基いて作成されたものでないことは、後段(四)で判示するとおりであるので、上掲証言をもつて訴外小島孝一が原告から右売買契約の締結につき代理権を付与されたことを認めることはできない。

(ロ)  証人佐藤進の証言(第二回)中に、(1) 同証人が前記売買の仲介をする以前に、原告は訴外小島孝一とともに巣鴨にある庚申塚不動産部なる宅地建物取引業者に本件宅地および本件建物の処分の仲介を依頼したことが地ある、(2) 原告は、訴外小島孝一とともに同証人を訪れた際同証人が不在であつたため、同証人の妻に本件宅地および本件建物の処分の仲介を同証人に依頼する旨言い残して帰つたことがある、(3) 被告が訴外小島孝一と売買契約を締結した後に、原告は、同証人の留守中に同証人方を訪れ、右売買の仲介につき同証人の妻に礼を述べたことがある旨述べているものがあるが、(1) の証言は訴外小島孝一からの伝聞にかかるものであり、(2) の証言は右証人の妻である証人佐藤ひさ子の証言に照らしてもにわかに措信し難く、(3) の証言は、証人佐藤ひさ子の原告は売買後何回か証人方を来訪したことがあるとの部分の証言とともに、原告本人の尋問の結果と対比して措信するに足りないので、前記争点に関する被告の主張を肯定する資料に供することを得ない。

(ハ)  証人小島つるの証言中に、訴外小島孝一は本件建物の建築資金の一部を支出し、その敷地である本件宅地は訴外小島孝一が原告名義で買い受けることになつていたのであり、訴外小島孝一は本件建物を売却するについて原告の印を預つていた旨述べているものがあるが、前段の証言は証人親松正雄の証言および原告本人の尋問の結果に照らし、後段の証言も原告本人の尋問の結果からみて措信するに足りない。さらに乙第十二号証は、証人小島つるの証言によると、被告および訴外佐藤進の要請によりその指示する趣旨を同証人が記載して作成したものであることが認められ、その記載内容たる事実は直接同証人の見聞したものでないことが右証言の全趣旨から看取され、また乙第十四号証も、本件弁論の全趣旨に徴して乙第十二号証と同様の事情の下に作成されたことが窺い知られるのである。被告本人の尋問の結果中には、乙第十四号証の記載内容は訴外小島つるが自発的に語つたところを訴外佐藤進が筆記したものである旨の供述があるところ、たとえその供述のとおりであるとしても、右記載内容中本件宅地および本件建物を被告に売り渡すことにしたのは、原告と訴外小島孝一とが話合の上決定したことであるとの趣旨のものは、前掲証人小島つるの証言の全趣旨からみて、同証人が直接かかる事実を知り得たとは考えられないのみならず、さような事実があつたものと認められないことは、後段で明らかにするとおりである。従つて叙上各証拠によつては、被告の主張事実は立証されないものというべきである。

(ニ)  証人鈴木栄の証言中に、同証人は、原告と訴外小島孝一とが被告に本件建物を売り渡した後において、その代金を訴外小島孝一が独り占めしたため、その分配につき両者間に紛争が生じている旨訴外新井武雄から聞知したことがある旨述べているものがあるが、証人新井武雄の証言(第二回)によると、同証人は、鈴木栄に会つたこともなく、まして上述のような趣旨のことを鈴木栄に語つたことはないことが認められるので、証人鈴木栄の右証言を採用して被告の主張事実を肯認することはできない。

(ホ)  証人深沢邦義の証言及び被告本人の尋問の結果中に、昭和二十六年春頃訴外小島孝一が被告を訪れて、原告が本件宅地および本件建物の売買代金は安過ぎると苦情をいつているので、これを増額して差額を支払つてもらいたい旨原告に要請したことがある旨述べているものがあるが、単に小島孝一のいうところだけから真実そのような事実があつたものと認めることはできないので、叙上証言および本人尋問の結果は、被告の主張事実の立証に資することはできない。

(ヘ)  証人青木ゆき子の証言および被告本人の尋問の結果中に、原告は、被告が本件宅地および本件建物を買い受けた後、昭和二十五年十月十日頃本件建物に被告をたずねて来たところ、被告が留守であつたので、被告の妻に対し、建物が立派になつたといつて帰つたことがあり、さらに同月中旬頃再度被告をたずねた際には、被告から右売買に関する書類を原告に呈示して訴外小島孝一と本件宅地及び本件建物につき売買契約をした旨説明したのに対して、原告は、金の必要に追られて本件宅地および本件建物を売却しなければならなかつた事情を述べて、代金も相当であつたといつて被告に感謝の意を表した旨、証人深沢邦義の証言および被告本人の尋問の結果中に、昭和二十六年夏頃原告が被告を訪問して、被告に対し前掲(ホ)に記載したような訴外小島孝一が被告に申し出たと同旨の要望をしたことがある旨述べているものがあるけれども、原告本人の尋問の結果に対比するときは、叙上各証言および被告本人の尋問の結果は措信するに足りないので、被告の主張事実を認める資料として採用することはできない。

(二)  さらに(イ)乙第四号証(原告作成名義にかかる被告あての本件宅地および本件建物の売買契約に関する契約書)は、証人佐藤進の証言(第一回)によると、同証人が原告の氏名を書き、その名下に訴外小島孝一がその所持していた原告の印章を押捺して作成されたものであることが認められるところ、右押印は、原告の意思に基くものであることを認め得る証拠はないのみならず、訴外小島孝一において原告に無断で原告の印章を持ち出してしたものであること、後段に判示するとおりであり、また、成立に争いのない乙第五、六号証(乙第五号証は訴外新井武雄から訴外小島孝一にあてた本件土地売買代金の内金についての受取書。乙第六号証は訴外新井武雄から原告にあてた同上売買代金全額についての受取書。乙第五号証のあて名人が訴外小島孝一になつているのは、原告本人の尋問の結果によると、乙第五号証記載の金員は訴外小島孝一が原告から託されてこれを訴外新井武雄に支払つたがためであつた―証人新井武雄の証言(第一回)中右支払は原告と訴外小島孝一とが二人で来てしたと述べている部分は措信し難い。―ところ、原告より当時訴外新井武雄に対し右あて名を原告名義に訂正を求めたが、同人は後日残代金の支払がなされたときに原告あてに代金全額の領収証を発行するから、そのままにして置いても差しつかえないではないかといわれ、原告もこれを了承したことが認められる。)が被告の手許に存するのは、後述するとおり、訴外小島孝一が原告に無断で被告と本件宅地および本件建物につき売買契約を締結するについて、ほしいままにこれを持ち出して被告に交付したことによるものであるから、乙第四号証によつても、また乙第五、六号証を被告が所持していることによつても、訴外小島孝一が原告を代理して被告と売買契約を締結する権限を有していたことを認めるに足りない。

(ロ) 証人親松正雄、小島つるおよび佐藤進(第一回)の各証言ならびに原告本人の尋問の結果を総合するときは、原告は、昭和二十六年末頃(被告が訴外小島孝一と売買契約を締結した後であることが明らかである。)から、当時原告が居住していた浅草寿町の建物に訴外小島孝一およびその妻子を同居させていたことが認められるので、この事実からして、訴外小島孝一が原告の代理人と称して本件宅地および本件建物を被告に売り渡すにつき、真実原告から代理権の授与があつたことを裏付け得るのではないかというに、証人親松正雄および小島つるの各証言ならびに原告本人の尋問の結果によると、原告が訴外小島孝一を前記のごとく同居させたのは、原告の母から、訴外小島孝一が亀戸方面のみすぼらしい家に住んで困つているから同居させてやつてもらえないかと懇請され、最初原告は、訴外小島孝一がほしいままに原告の代理人と称して本件宅地および本件建物を被告に売り渡す契約をしたようなことのある以上同意できないといつて拒絶したが、結局情にほだされて承諾を与えたことによるものであつて、その同居後においても訴外小島孝一は原告とは別の職業に従事していたことが認められる(証人佐藤進(第一回)および佐藤ひさ子の各証言中、訴外小島孝一と原告とが右寿町において共同で営業をしていたとの趣旨のものは措信できない。)ところからいつて、右に認定したごとく、訴外小島孝一と原告とが事後に同居していたことをもつて、原告から訴外小島孝一に対し本件宅地および本件建物の処分につき代理権の付与があつたことの認定に資することはできない。

(三)  他に訴外小島孝一が原告の代理人として被告と本件宅地および本件建物につき売買契約を締結する権限を有していたことを認め得る証拠はない。かえつて(イ)証人親松正雄の証言および原告本人の尋問の結果によると、原告は、訴外小島孝一が原告の代理人と称して被告に本件宅地および本件建物を売り渡す契約をした当時、本件建物において食料品の卸売業を営み、本件建物に訴外小島孝一およびその妻子を同居させ、訴外小島孝一に営業を手伝わせていたが、原告において特に本件宅地および本件建物を処分しなければならない程の必要に追られていた事情はなかつたのに反し、訴外小島孝一は、罰金納入のために当時数万円の調達に苦慮していたこと、訴外小島孝一が被告に本件宅地および本件建物を売り渡す契約をしたのは、原告が商用のため北海道方面を旅行して不在中のことであつたことが認められ、(ロ)成立に争いのない甲第一号証、原告本人尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第九号証および証人鈴木栄の証言により真正に成立したものと認める甲第八号証ならびに右証言および本人尋問の結果によると、原告は、本件建物を建築するに当り訴外鈴木栄から買い入れた材木の代金五万五千円余の支払ができなかつたため、昭和二十四年十二月二十四日本件建物(但し当時建築中)につき訴外鈴木栄と条件付代物弁済契約をし、翌年九月三十日訴外鈴木栄において右による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したが、その後昭和二十六年十月九日(被告が本件建物等の買受契約を締結した後であることが明らかである。)原告から訴外鈴木栄に金六万円の支払がなされた結果、訴外鈴木栄において同月二十日右仮登記の抹消登記をしたことが認められ、(ハ)前掲甲第一号証および証人鈴木喜一の証言によると、原告は、昭和二十七年十一月七日頃(訴外小島孝一が本件建物等につき被告と売買契約をした後であることが明らかである。)遠縁に当る訴外鈴木喜一に金二万五千円の借用を要請したところ、担保の提供を求められたので、本件建物に同人のため抵当権を設定して右借入をなし、同年十二月一日その登記が経由されたことが認められ、(二)原告本人の尋問の結果により成立の真正を認め得る甲第二号証(但し訴外小島孝一名下の印影の真正なることについては争いがない。)ならびに右本人の尋問の結果および証人親松正雄の証言によると、訴外小島孝一は原告に無断で本件宅地および本件建物を被告に売り渡す契約を締結したことを原告およびその実兄である右証人に詫び、原告に対しては甲第二号証の詫証を差し入れたことが認められ、右各認定を覆し得る証拠は存しない。

(四)  叙上(一)から(三)までに判示したところを彼此考え合わせると、訴外小島孝一は、原告に無断で原告の印章および原告が本件宅地を訴外新井武雄から買い受けたについて支払つた代金の領収証(前掲乙第五、六号証)を持ち出し、右印章によつて原告名義の委任状(前掲乙第七号証および乙第十三号証その他前示(一)の(イ)に掲げた証人佐藤進の証言にかかるもの)ならびに原告名義の被告あて本件宅地および本件建物の売買に関する契約書前出乙第四号証)を偽造し、原告の代理人と冒称して本件宅地および本件建物を原告から被告に売り渡す旨の契約を被告と締結したものと解すべきである。

三、ところで被告は、右に述べたごとく訴外小島孝一と被告との間において締結された売買契約が訴外小島孝一の無権代理によるものであつたとしても、原告において昭和二十五年十月初旬、同月十一日および昭和二十六年夏頃の三回にわたつて被告に対し右無権代理行為を追認した旨抗弁する。この点に関する証拠としては、前出二の(一)の(ヘ)に掲げた証人青木ゆき子および深沢邦義の各証言ならびに被告本人の尋問の結果があるけれども、右の個所で判示したところに徴して、これ等証拠をもつて被告の右主張事実を立証し得るものとはなし難く、他に右事実の認定に資し得る証拠は見出されない。従つて被告の右抗弁は理由がないといわなければならない。

四、さすれば被告は、原告の代理人と称する訴外小島孝一と締結した売買契約に基いて本件宅地および建物に対し所有権を取得するに由なく、被告が本件宅地について経由した主文第一項に掲げる所有権移転登記は無効であるばかりでなく、本件宅地および本件建物に対する被告の占有は、原告に対抗し得る正当な権原に基くものとはいえず、従つて被告は本件建物を占有することによつて原告のこれに対する所有権を侵害し、原告に対して本件建物の相当賃料額(統制賃料額)と同額の損害を蒙らせつつあることは、疑いの余地のないところである。

それで以下原告の本訴請求及び被告の反訴請求について順次判断する。

(一)  (イ)被告のために経由された前記本件宅地についての所有権移転登記につき被告が抹消登記の手続をすべき義務を負うことは論のないところであるが、原告が被告に対してその履行を請求し得る理由については、不動産について所有権を取得した者は、たとえその登記を経由しなかつたとしても、第三者が当該不動産につき所有権を取得した旨の登記を不法に経由した場合においては、自らの所有権取得を公示するため、これに協力すべき義務を負うべき右の第三者に対して右不法登記の抹消手続を所有権に基いて請求し得るとの見解がないでもない(大審院昭和十六年(オ)第二二六号、同年六月二十日判決、民集第二十巻八八八頁以下参照)が、実体上不動産所有権を有する者が第三者のために経由されている不法な所有権移転登記につき抹消登記請求権を有するといい得るためには、単にその者が真正な所有権者であるというだけでは足りず、なおそのほかに、右登記請求権行使の結果が登記簿上に表示され得る関係にあることを要するものと解するのを相当とするところ、本件にあつては、原告は、訴外新井武雄から本件宅地の所有権を取得したことについてまだ登記を経由せず、登記簿上本件宅地は依然として訴外新井武雄の所有名義に登記されたままになつていることは、前出一の(一)において判示したとおりであるので、前示見解に従つて原告の本件抹消登記請求を認容する訳にはゆかないけれども、本件宅地につき現在登記上の所有名義人である訴外新井武雄は、原告のために所有権移転登記手続をする必要上、被告に対しその経由した主文第一項に記載する登記の抹消を請求し得べきものであり、原告は、訴外新井武雄に対して本件宅地につき原告のため所有権移転登記をすべきことを請求し得ることは明らかであるから、訴外新井武雄の被告に対する右抹消登記請求権を代位行使することによつて、被告に対し主文第一項に掲げる登記の抹消手続をすべきことを請求し得るものというべく、この見地に立つて原告の請求を認容すべきものとする。

(ロ) 被告に対し所有権に基き本件宅地および本件建物の明渡を求める原告の請求の認容されるべきことについては多言を要しない。

(ハ) 被告に対し本件建物の不法占有を理由に昭和二十七年一月一日から本件建物の明渡ずみまで本件建物の統制賃料額に相当する損害の賠償を求める原告の請求については、被告が本件建物を昭和二十七年一月一日以前から不法に占有していることは明らかであるところ、成立に争いのない甲第三号証から第七号証までによつて認められる本件建物および本件宅地についての昭和二十七年、同二十八年および同二十九年の各一月一日当時における固定資産課税台帳上の登録価格を基準として、本件建物の統制賃料額を算定すると、昭和二十七年一月一日当時において一箇月金七百円、昭和二十八年一月一日当時において一箇月金千二百五十六円、昭和二十九年一月一日当時において一箇月金千三百七十五円となるので、原告の右損害賠償請求もまた認容すべきである。

(ニ) 被告の反訴請求は、被告が本件建物につき原告から所有権を取得したことを前提とするものであつて、その理由のないことは明らかであるから、これを棄却すべきものとする。

五、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。なお、原告の申立にかかる仮執行の宣言については、その必要がないものと認めて右申立を却下することとする。

(裁判官 桑原正憲)

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